「天国のクジラ」プロジェクト

 「天国のクジラ」は、天国に旅だった大切な家族が大きなクジラに乗って世界各地を旅行している絵です。今まで、雲の上、天の川、三陸海岸、金色の空、岩手の上空を旅してきました。

 

クジラには、たくさんの仲間が乗っています。

犬も猫も、鳥もハムスターも子供も大人も、みんなと出会っていろんなご縁を感じながら、楽しく賑やかに旅をしています。

 

「 初めまして」

「お友達のお友達のお友達でしたよね」

「私の大好物のいちごをあげましょうか」

「あちらの演奏会を聴きに行きましょう」

「ここでは久しぶりにかけっこできるよ」

「ステキな街が見えてきたな」

 

そうして時々、地上の私たち家族を見守ってくれているのです。

無理しないでね。それは良かったね。あの子のことよろしくね。たくさんお友達できたよ。いつも思い出してくれてありがとう。

 

 

そんな声が聞こえてきませんか?


天国のクジラを描き始めたキッカケ。

この天国のクジラを描き始めたきっかけは、2013年冬に母が他界したことでした。

 

それからいろんな方に、旅立った大切なご家族のお話を伺う機会が増えました。

遺族としては、寂しさと後悔がつきまとうもの。

しかし、天国では、この世でご縁のあった方々と会っているのかもしれない。

みんな一緒に、天国の大きなクジラに乗って、みんなで旅行していたら素敵だなと想像しました。

 

それから、大きなキャンバスに広い雲海とクジラを書いた第1作目「天国のクジラ」。旅立たれたご家族の写真をいただき、エピソードを聞きながら、クジラに乗船させていきました。

画家一人で完結するアートではなく、たくさんの方の想いがつまって、どんどん出来上がっていくアート。楽しく旅するご家族は、みんな一緒。 本当に、大切な作品になりました。

 

第2作目として「宇宙のクジラ」。

遥か天の川を、渓流下りのように旅するクジラと家族たち。

そして第3作目は震災による津波で犠牲になられたご家族を対象にした「沿岸のクジラ」。

2015年8月に、釜石市にて開催しました。写真が見つからない方にはお話から似顔絵を再現しました。震災直後から家族のように親しくさせていただいている藤原家ご家族のご協力や、

避難場所になった「仙寿院」の柴崎住職のお力もあって、たくさんのご家族の乗ったクジラを描かせていただきました。

 

2015年10月は、第4作目の「白いクジラ」。全長5m を超える大作が完成しました。

 

2016年は岩手国体にて第5作目の「岩手のクジラ」。東北にまつわる方々が乗船しました。そして、白いクジラとともに10mのクジラの展示として会場が華やかになりました。

 

2019年。地元鹿児島の老舗百貨店「山形屋」にて、100号サイズの第6作「鹿児島のクジラ」では、ご遺族の方々に来ていただき、その場で描きました。

 

2020年。第7作「横浜のクジラ」では、横浜らしい港町に降り立つクジラ。第8作「稲城のクジラ」は、稲城教室の展覧会に添えて描いた作品でした。

 

現在、第9作目となる「前橋のクジラ」を製作中です。

 


雲のクジラ(2014年8月)

「天国のクジラ」 ~天国のクジラプロジェクトno.1

天国の大切な人達は、きっと雲海を泳ぐクジラに乗って みんなで仲良く旅をしている・・・。そんな世界を描きたくなり、 皆様に天国のご家族の写真とエピソードを送っていただきました。



宇宙のクジラ(2015年3月)

~天国のクジラプロジェクトno.2~

天国のクジラプロジェクト第2弾は、宇宙の天の川を旅するクジラです。

優雅で幻想的な景色の中で、たくさんの方々が旅をしています。

今世で繋がりの合った人達の家族は、きっとあちらの世界でも繋がりがあるはず。そして、ゆったり旅しながら、私たちを見守ってくれているでしょう。


沿岸のクジラ(2015年8月)

AEON MALL釜石にて開催された「釜石の笑顔を描こう似顔絵イベント」にて、天国のクジラの新作を発表しました。「沿岸のクジラ」と題した赤い女神のクジラは、東日本大震災で天国へ旅立った方々を乗せるクジラです。写真を見て描いたり、お話しを聞きながら想像して描いたり、ご家族の愛情を感じながら描きました。釜石の仙寿院の芝崎住職も祈祷をしてくださいました。


白いクジラ(2015年10月〜現在)

5mの巨大な白いクジラ。白鯨。金色に光る雲海から、今旅立とうとしています。

優しい、慈愛に満ち溢れた瞳。300組を超える乗客を乗せ、どこに向かうのでしょうか。天国のクジラシリーズの集大成であり、新しい世界への始まりでもあります。

三鷹市芸術文化センター、青山国連大学、仙台市での愛犬イベントなどで展示しました。



岩手のクジラ(2016年8月〜現在)

2016年いわて国体の文化事業で展示したのは、岩手県上空を旅する「岩手のクジラ」。2011年の東日本大震災以降、深いご縁のできた岩手県。豊かな名所の数々と、天国で仲良く旅するご家族の姿。クジラはピンク色になって元気いっぱいの表情をうかべています。


鹿児島のクジラ(2019年7月)

地元鹿児島の老舗百貨店「山形屋」にて、初めての個展。鹿児島出身なら憧れの場所で、天国のクジラを展示しました。個展初日は記録的な豪雨が降り大変でしたが、クジラ乗船の日は雨も止み、たくさんの方々が来てくださいました。


横浜のクジラ(2020年2月)

元町中華街にある「ワンコット」にて、天国のクジラを展示するとともに、この期間の横浜ウイークに合わせて、新作「横浜のクジラ」を制作しました。ちょうどコロナの影響のため乗船などは中止になってしまいましたが、また機会をみて再開できればと思います。立派は帆をなびかせたクジラです。


「稲城のクジラ」(2020年2月)

毎月開催している「稲城教室」展覧会が稲城市中央図書館で開催されました。それにあわせて、「稲城のクジラ」を制作しました。こちらでは、初めて「地上組」も登場しました。クジラに乗っている「天使組」を地上から見守る姿。この2つの世界が交差したクジラは、今までになく幸せであたたかなクジラになりました。


楽しく旅行中のご家族紹介!

No.001 ともこ(天国のクジラ)

 

作者の母。鹿児島出身。2013年秋に60歳で天国に旅立ちました。

小さい頃から花に囲まれていて、絵を描く事も好きだった母。子供たちが成人してからは一人で育ててくれました。地元では名物の薬剤師。相談にくるお客さんがたえませんでした。

3年前から上京し、闘病生活をしながら、息子と全国行脚をしていきました。いい主治医にも巡り会えました。また家族で集まって温泉旅行もしました。韓ドラと食べる事が大好き。病院から抜け出して、ラーメンを食べにいったことも。副作用で吐いているときも、「つわりを思い出すわ〜」とニヤニヤしていました。毎日「今が一番幸せでどうしよう〜!」と言っていました。

家族が一番近くにいて、安心していたかもしれません。今頃、クジラに乗って沢山の人とお話しているでしょう。

ともこさんからのメッセージ

「るんるん!クジラ最高〜!きもちいい〜。心平!どんどん絵を描きなさいよっ!食事はよく噛みなさい〜。」




No.002 松延進逸さん(宇宙のクジラ)

田平の父 松延進逸についてお話しさせて頂きます。

絵を描くのが趣味で、120号の大作もあり私達家族の宝物になりました。また、ディズニーランドのエレクトリカルパレードが大好きで、亡くなる1ヶ月前に孫達と一緒に車椅子でディズニーランドに行き、キラキラの夢の世界を子供のように楽しんでいた父でした。

 父は生前、自分のお墓を建てた際に、自分で描いた菖蒲の花と倶会一処と言う言葉を彫りました。倶会一処とは一つの場所で会うと言う意味です。先に亡くなった方々ともまた会えるんですよと言う意味です。天国のクジラも宇宙のクジラも倶会一処なんですよね。私達もいつかクジラに乗船して、また会えるんです。それが、父の想い 倶会一処 なんです。そして、父の傍らにいるのが愛犬ジュリアです。父といつもお散歩してたジュリア。今もクジラの上で、お散歩しているでしょうね~。

 松延進逸さんからのメッセージ

クジラの旅は楽しく順調だよ。いろんな方々とも出逢えた。旅の途中から時々手紙を出すから、夢の中で読んでくれ。ジュリアのお世話もしているから安心して 。長友先生、素敵な旅の切符をありがとうございます。



No.003 山田善吉&ミルク(宇宙のクジラ)

 

おじいちゃんは通訳の仕事をしながら会社を立ち上げた頑張り屋。仕事にはとても厳しいおじいちゃんの大好きな食べ物はケーキ等の甘い物。そんなおじいちゃんはミルクの目を見ながら落ちそうな大きな目だね~と目を細めて可愛がってくれました。

ミルクは可愛いと言われるのが大好き、パパに抱っこされておじいちゃんとおばあちゃんの家に遊びに行くのが大好きでした。そんな二人が、仲良くケーキ食べて幸せそうにしてるのが涙が出るほど嬉しいです。

大好きなケーキを食べて幸せなおじいちゃん、良かったね。可愛がってくれたおじいちゃんと一緒でミルク、良かったね。と何度も話しかけています。



No.004 Takazoさん(天国のクジラ)

 

石野ゆうこのたった一人の兄、祖母も叔母も両親も美容師という長男に生まれ、長年に渡り資生堂に勤務し、生まれてから旅に出るまで「髪」に生き、2013年の櫛の日、9月4日に異次元に旅立ちました。

かなりの食いしん坊で食べることが大好き!

仕事の傍ら、幼少から音楽人間でもあり、演奏や歌唱、作詞作曲に勤しんでいました。志半ばにしていったそんな兄の遺志を継ぎ、皆さんのご協力のもとCDアルバム「きっと未来へ」を制作。長友心平さんにジャケット等を描いて頂くなど、こんな幸せ者はいません。皆に愛された兄のお墓には、今でもお花が絶えません。

 

Takazoさんからのメッセージ 

こちらの皆さんにもこうして好きなだけ会えます、順番待ちしなきゃいけない時もあるけどね?

近くに感じるでしょ??分ってると思うけど皆のすぐ側にいます(笑)でもその時がきたら、凄いツアーを組んであげて、そして添乗員もしますよ。




No.005  ude (天国のクジラ)享年11歳

 ぬいぐるみで遊ぶのが上手でやんちゃで、家族が大好きで愛情深い甘えん坊な男の子。やきもち焼きで、とっても食いしん坊でした。亡くなる日まで、病気と必死に戦っていました。最後は私の腕の中で逝きました。

闘病の最中は、私への愛情をひしひしと感じました。最後までがんばってくれてありがとう。天国のくじらの背中で、沢山の仲間たちと楽しく旅をしていると思うと救われます。



No.006 鈴木シー(宇宙のクジラ)

 

あるペットショップから望まれて買われて行った足の長いブラックタンチワワの女の子はほどなく飼い主さんが動物アレルギーでペットショップに戻された。そこに優しいおばちゃんが娘さんの希望もあり連れ帰ってくれたけど、何日もしない内にほんの10センチ位の段から降りたとたんに骨折( ω-、)

大型犬のいるお宅だったので、今後の事も心配して私の所にやって来ました。ピュンピュン丸からコロちゃんに名前を変え、私の所に来て、シーちゃんに!

シーは亡くなった私の母の面影を沢山、沢山持った子でした。もともと、体の強い子ではなく、アトピーに悩まされ、週に2日のお注射と投薬。生まれつき腱が弱いシーは10歳で右前足、左後ろ足が効かなくなり、12歳には左前足もダメに!結局は右後ろ足1本で暮らす事になりました。

でもシーは挫けませんでした。誰の助けも借りずに用を足して、車イスでは風をきって走ります

本当に、本当にがんばり屋のシーでした。鳴き声は猫ちゃんみたいだったなぁ( *´艸`)

大好きな可愛い可愛いシーは2014年9月26日14才で虹の橋まで走って行ってしまいましたが、今は沢山のお友だちに遊んで貰って、幸せよ。ママ悲しまないでね。って言っているかも知れませんね?

シーはいつも私達家族に元気をくれました。がんばり屋のシーちゃんは、私の人生の先生です。もう少しこっちでママは頑張ってみます。いつか、会える時を楽しみに・・・

ママ、パパ、お兄ちゃんより



No.006 中沢クッキー (宇宙のクジラ) ペットショップに居たシュナウザー3匹のうち、1番最初に私の所に来たのがクッキーでした。クッキーが 私を選んだのです。 それからは、私の体の一部のような存在になりました。時には子供 時には 親友 時には 先輩 になって 沢山 私を癒してくれました。 シニアになってから色々な病気をして いつも 私に 嫌な事ばかりされていたのに、それでも 私の事が1番好きで ちよっとのお出かけで帰宅した時も 真っ先に飛んで来てくれました。 そんな クッキーを見送った後 沢山の後悔が有りました。 でも、このクジラさんに乗っている楽しそうな姿を見たら 胸のつかえが 取れました。沢山のお友達と クジラに乗れて良かったね。ガウガウ大魔王のクッキーだけど、みんなと仲良くするんだよ。 クッキーからのメッセージ 僕 沢山のお友達とクジラさんに乗って すごく楽しいよ。ママ 僕 寂しくないからね!



No.008 Oreo (天国のクジラ) ロングコートチワワ 2009年春 1才1ヶ月で虹の橋を渡りました。 小さい頃からたくさんの方に愛されたちびっ子でした おもちゃ遊びが大好きで 私の手が空いているといっぱいのおもちゃを持ってきて 「あそんでちょうだいっ」っておねだりをいっぱいしてくれました。 1才1ヶ月の短いけどとてもとても大事な時間を私の心の小さな隙間を埋めてくれる 優しい子でした。 短い短いWancoLifeの中で一緒にお出かけしたり旅へ出かけたりお友達と遊んだり 楽しい時間を共に過ごしました。 私がWebdesignerとしてワンちゃんのCollageした第一号モデルちゃんはoreoでした。 後のエピソード:Oreoが虹の橋を渡った49日目に産まれた男の子と女の子のツィーンズチワワをOreoが導いてくれた優しい贈り物だと思ってお迎えいたしました。